Vol.10「来年も再来年も10年後も20年後も」

まずは軽く自己紹介を。
私は、郡山で生まれて育ちました。
大学から社会人1年目までは関東で暮らしていましたが、
この街が好きな気持ちと、仕事でくじけそうになったことから、
就職2年目から地元郡山に転勤願を出して戻ってきました。
いま、26才の彼氏ナシ 夫ナシ 子供ナシ 結婚願望ナシ という身軽女です。

12月になり、あと何日かで2011年が終わろうとしています。
原稿を頼まれても、何を言葉にしていいか分からなくて、だいぶ時間が経ってしまいました。

あの地震が起きて
勤め先は1ヶ月間営業ができなくなり、その間、会社の同僚と近くの避難所に働きにいったり
南相馬ボランティアセンターに働きに行ったり
友達とShareBoxProjectという活動に協力して衣類を送ったり
家族で南相馬給食センターに大量のカレー粉送ったり
世間一般で言うところの支援活動を行ったりもしました。

3月中旬 避難所に働きに行っていた時の事です。
私は、あんな目にあった福島の沿岸に住んでいた人々のことを、出来事を、憂いでいました。

3月になったばかりの時の、あの出来事で子供達は、学校に登校できない、春休みの宿題もない
そんな状況だったので、勉強なんてやりたくないって言うかなーと思いながら、
小学生の子供達用に勉強テキストとノートを買い込んで持って行きました。

子供達がくる時間まで物資整理に行ってこようと思い、
毎日いっしょに働いていた高校生のボランティアスタッフに
「子供達がいやだって言っても『やろうよ~』って誘って勉強させて」と言づてをして、
その場を離れました。

子供達の集まる時間よりも、少し遅れて遊戯スペースに行くと、全員で勉強してました。
話を聞くと、テキストを見つけたら『あ!テキストあるじゃん!やろうやろう!』と自力でやり始めたと。

しばらく涙が止まりませんでした。
同時に、私は何て勘違いをしていたんだろうと恥ずかしく思いました。

 
考えてみれば、早起きして、重いランドセル背負って登校して、勉強して、運動して、
生き物の世話をして、掃除をして、彼らは自分よりずっと立派に生きている人間だったなと。

この子達がこんな大人になりたい。って思ってもらえるような大人に…
今はまだなれてないから、これからなれるように生きなければ。

お酒飲む姿、スポーツ見て騒いでる姿、パチンコ行く姿、綺麗にお化粧したり、
綺麗な服きたりする姿、仕事行く姿、車乗る姿、LIVE行ったり、結婚したりする姿。
そんな生き生きとした姿を見ては、小さい頃「早く大人になりたい!」と思っていた自分を思い出しました。

「あの地震さえなければ」「東電は」「国は」「県は」
自分が子供だったら、こんなことばかり言う大人をみて、「大人になりたい」なんて言えないはず。

あの地震で亡くなった何万の人々が、したくても出来なかった事を、全力でしていく。
いま、身近に居てくれる家族に、友人に、いっぱい会って、いっぱい遊んで、貪欲なまでに楽しく生きていく。

去年の自分だったら、こんなふうに思えていなかった。
私の大好きな福島が、ここで暮らす人々が、失ったものを数えれば、あまりに多すぎる。
でも、地震から与えられたものもあった。このおかげで出会えた人もいっぱいいた。
私はそのことに感謝したい。

だから、2011年は私にとってはイイ年でした。
来年も再来年も10年後も20年後も、ずっとイイ年にしていく。
それを出来るのは、自分の人生を歩む自分しかいないと思うんです。
来年もイイ年にしましょう、みんなで。
 

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