Vol22 「ある郡山市民の3.11(その4)」

 

ある郡山市民の福島をずっと見てほしいブログ。

 

Vol.22 ある郡山市民の3.11(その4)

 

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インターネットを再開したのは震災から3日後、

壊滅的な被害を受けた自室だったけど、

ネットが出来るかどうか確かめるために二階の自室へ向かい、

ネットワークの被害状況を調べてみる。

 

地震でケーブル及び回線終端装置がダメになっていると思いきや…

ケーブルは被害なしで、回線終端装置は固定用の台は壊れたものの、

通信自体は問題なかった。

 

とは言え、原発事故に伴う電力不足で

(首都圏が)輪番停電を開始した直後だったので、

被災地の自分たちも節電しなきゃ!と言う意識が非常に高く、

ネットをする時間は限られていた。

 

Twitterに関して、アカウントは震災以前からあったものの…

長い間休止状態だったので事実上震災を機に始めた…

と言ってイイね…(;´Д`)

 

正直、記憶が曖昧になっているのだけど、

当時のTwitterは被災地・福島差別が酷くなかったし、

「PRAY FOR JAPAN」とか「頑張ろう日本」とか「絆」とか、

今聴くと正直「(自分の中では)軽く感じてしまう言葉」が

TL上を賑わしていた。

 

当時は環境テロリストのGP(グリーンピース)とか

チェルノブイリのなんたら~とか、

国よりも早く(放射能汚染の)データを出してくる市民団体を

国や県より信じていた。

 

当時は「今の福島が放射能災害で危機的な状況で、

子供たちだけでも速やかに県外に避難させるべき」と思っていたのもあるし、

純粋に人間の善意を信じていたのかも。

 

TV局が全部震災・原発事故の報道特番一色になり、

もう津波とか原発(の水素爆発)とか見たくなかったので、

避ける様に某動画サイトを見るようになったのだが…

 

その時に某?元?俳優が参加したていた「オペレーション…」と

某K.T教授の存在を知る。

 

K.Tの講演会(二本松市)がサイトで生中継されていたので見てみる。

 

当時の彼は「野菜は洗えば大抵の放射性物質は落ちる」

「除染は早いうちにやるべきで、除染で出た土はふくいち周辺に持っていくべき。

東電で出したゴミなのだから東電が引き取るのは当たり前」

「野菜は子供たちには控えるべきだか、大人は積極的に食べるべき」等…

 

それから数ヶ月後の言動の変わり様に驚きと怒りが湧いてくるが…

当時は必死でメモを取った記憶が。

 

それがきっかけになったのかな…

放射線に関する様々なサイト見て、

放射能を「むやみに怖がる」のではなく

「正しく怖がる」様に考えが変わったのは…

 

子供の頃から放射能に対する恐怖は広島・長崎・スリーマイル

・チェルノブイリ…と散々学んできたけど、

今まで放射能(放射線)が核兵器・原発以外で

どの様な目的で使用されていたかなんて殆ど学んでこなかったし…

 

基本の放射線・放射能・放射性物質の違いから、

Sv(シーベルト)Bq(ベクレル)の単位の意味、

放射線の種類(α線・β線・γ線・中性子線・X線)と性質から

現在の福島の汚染状況まで色々勉強して徐々にではあるが…

 

放射能コワイコワイ病(放射能)から脱却する事が出来た。

 

 

【(その4へ)続く】

 

 

 

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